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【山形・天童市】月山刀を鑑賞できる広重美術館|綾杉肌が美しい日本刀・刀剣

 2026/02/04       ※このサイトには広告が含まれます カテゴリー: 伝統工芸

【山形・天童市】月山刀を鑑賞できる広重美術館|綾杉肌が美しい日本刀・刀剣 アイキャッチ

山形県天童市の温泉街に佇む「広重美術館」では、浮世絵師・歌川広重の作品とともに、山形が誇る名刀【月山刀(がっさんとう)】を間近で鑑賞できます。日本刀に詳しくなくても、思わず足を止めてしまう美しさがあります。
独特の刀模様「綾杉肌(あやすぎはだ)」で知られる月山刀は、鎌倉時代から800年以上にわたり受け継がれてきた、日本刀の由緒ある系譜(流派)として知られています。

本記事では、「刀剣初心者でも楽しめる見どころ」とともに、広重美術館で出会える月山刀の魅力と歴史をわかりやすく紹介します。

刀に名前がある?初心者でもわかる日本刀の見どころ

脇差 二代目月山貞一作|月山刀の特徴がわかる日本刀
脇差 二代目月山貞一作|月山刀の特徴がわかる日本刀

刀の展覧会って、なんだか難しそう……。
そんな印象を持っている人は、きっと少なくないと思います。
その理由のひとつが、刀の本体や解説に並ぶ専門用語や、読み方のわからない漢字の多さではないでしょうか。

「この刀は、いつの時代に、誰が作ったものなんだろう?」

そう思って作品紹介のキャプションボードに目を向けると、そこには普段あまり目にしない名称や、どう読めばいいのかわからない漢字がずらり。
それだけで、少し気おくれしてしまいますよね。

でも、実は日本刀の鑑賞は、すべてを理解していなくても十分に楽しめるものです。
そこで今回は、日本刀の展示会や日本刀を鑑賞するうえで、これだけ知っておけば100倍面白くなるポイントを2つ、初心者向けにわかりやすく紹介します。

日本刀にはそれぞれ名前がある|月山刀の呼び名とは

まず、刀を初めて見る方は、刀に名前がついていることに驚かれると思います。
刀には作者の名前や作風、歴史背景、何を切ったかなどの逸話から、名づけがされています。

今回紹介する「月山刀」は、主に作者が刀に刻んだ「銘(めい)」と呼ばれる彫り物の作者サインと、「綾杉肌(あやすぎはだ)」と呼ばれる刀の模様からよばれているものを指しています。

月山刀の特徴|銘(めい)と綾杉肌(あやすぎはだ)

古刀 月山 室町時代作の茎|月山と刻まれた銘
古刀 月山 室町時代作の茎|月山と刻まれた銘

月山刀を見ると、刀の根本に名前や年号が彫られているのがわかります。
これを刀剣用語では「銘(めい)」と呼び、刀がいつ誰によって作られたのかを示す指標になります。月山刀は、刀の茎に「月山」と刻まれた銘を持つものを基本とし、
綾杉肌を特徴とする月山一派の作風を指して用いられる呼び名です。

また、月山刀の特徴に「綾杉肌(あやすぎはだ)」と呼ばれる刀の模様があります。
刀剣用語で「鍛肌(きたえはだ)」と言われているこの模様は、刀のもとになる鉄を何度も折り返し、小槌で打って鍛えることで出来上がるものです。一般的には板目肌(いためはだ)、柾目肌(まさめはだ)など様々な種類がありますが、月山刀の「綾杉肌(あやすぎはだ)」は月山の刀工にしか再現のできない唯一無二の模様として知られています。

鎌倉期から続く「月山刀」の魅力

古刀 月山 綾杉肌 室町時代作|反りの美しい日本刀
古刀 月山 綾杉肌 室町時代作|反りの美しい日本刀

月山は平安時代以来発展した出羽三山修験道の名山で、この月山の銘を刀に刻んでいた刀工が、平安時代からあったことが観智院本(日本最古級の刀剣書)にも記されています。

月山刀の始まり

古刀 月山 室町時代作の切先|実戦向きの日本刀形状
古刀 月山 室町時代作の切先|実戦向きの日本刀形状

鎌倉時代初期から室町期にかけて活躍した刀工一派、【月山】は奥州月山のふもとで栄え主生産地は月山東麗の寒河江(さがえ)や谷地(やち)とされています。
月山刀工の祖は、出羽国月山の霊場に住んだとされる鬼王丸(きおうまる)といわれています。

最盛期は南北朝時代とされ、現物で確認されている最古の刀剣は「月山二字銘の太刀(がっさんにじめいのたち)」(重要美術品 出羽三山神社蔵)です。
「月山二字銘の太刀(がっさんにじめいのたち)」(名前の意味は、月山刀工の作品で、根元に月山の二文字が掘られた太刀という意味です。)

月山刀工の作風で大きな特色は「綾杉肌(あやすぎはだ)」と呼ばれる特異な鍛え方です。

刀は、鉄を何度も折り返し、小槌で打って鍛えることで出来上がるもので、この鍛え方で日本刀の模様「鍛肌(きたえはだ)」が美しく現れます。
刀剣界隈で一般的な「鍛肌(きたえはだ)」の種類として板目肌(いためはだ)、柾目肌(まさめはだ)などがありますが、「綾杉肌(あやすぎはだ)」はそのどれにも属さない特殊な肌模様であることから、別名「月山肌(がっさんはだ)」とも呼ばれます。

鎌倉時代初期から南北朝期、室町期末期にかけて月山刀は刀剣としての実用性の高さと「綾杉肌(あやすぎはだ)」と言われる独自の刀模様の美しさで全国に広まりました。
月山刀の初期作品は、「古月山(こがっさん)」と分類されています。
広重美術館では「古刀 月山 (綾杉肌) 室町時代頃作」の刀剣を実際に見ることができます。

水心子正秀に学んだ月山貞吉と大阪月山派の再興

江戸期に入ると月山刀は、戦の収束とともに一度衰退してしまいました。
その中で月山刀の再興に努めた月山貞吉(がっさん さだよし)は、天保四年頃(江戸時代後期)、現在の山形県河北町から江戸で古刀再興を唱えていた水心子正秀(すいしんしまさひで)に技術を学びました。

水心子正秀もまた、山形の地で刀剣の技術を磨いた刀工の一人で、戦のなくなった江戸期で、実践向きの刀を再興させるために奮闘していました。古月山刀は戦のある時期の刀で実践向きの使用だったので、月山刀の再興には欠かせないキーパーソンだったのかもしれません。

その後、月山貞吉は大阪槍屋町に移り、先祖伝来の綾杉鍛え(あやすぎきたえ)を再興し、明治から現在に至る大阪月山派(おおさかがっさんは)を樹立しました。
つまり、大阪月山派の誕生は、古月山の技術を現代へつなぐ重要な転換点だったと言えます。

松尾芭蕉が見た月山刀|『奥の細道』に記された評価

江戸期で月山刀の技術が衰退していくなかでも、月山刀の評価自体はかなり高かったといいます。
その証拠として、松尾芭蕉の『奥の細道』に月山刀に関する記載があります。

「此国の鍛冶霊水を撰て爰に潔斎して剣を打 終に月山と銘を切て世に賞せらる」
(現代語訳:この国(奥州)の鍛冶師たちは霊水を選び、そこで心身を清めて剣を鍛えた。やがて刀には「月山」の銘が刻まれ、世に名高きものとなる。)

この記述からも、江戸時代にはすでに月山刀が名刀として広く知られていたことがうかがえます。
また、羽黒から月山をめぐり鍛冶小屋を見学した様子が記されていることから、当時すでに月山刀が人々の関心を集める存在だったことがわかります。

現在に続く月山刀

脇差 二代月山貞一作|人間国宝による月山刀の名作
脇差 二代月山貞一作|人間国宝による月山刀の名作

その後四代に渡って受け継がれながら、現在、奈良県を拠点に新しい刀が生まれています。

月山刀は、明治期の廃刀令や第二次世界大戦後の武器製造禁止令などの、苦難な時代を乗り越えて多くの名作を残しています。
また、その技術の高さと実績、先祖から守り伝えてきた月山刀の鍛刀技術が評価され、月山刀工から、月山貞一(がっさん さだいち)(二代)が重要無形文化財保持者(人間国宝)として誕生しています。

拠点の奈良県桜井市の月山日本刀鍛錬道場では日々新しい刀が生まれています。
また、鍛錬道場に併設している月山記念館では、刀工月山の歴史を遡り、古刀月山から人間国宝 月山貞一(がっさん さだいち)(二代)、月山貞利(がっさん さだとし)、月山貞伸(がっさん さだのぶ)までの歴代刀工月山の作品を展示しています。

天童温泉街で出会える、月山刀

古刀 月山 綾杉肌 室町時代頃作|ショーケースで展示される日本刀
古刀 月山 綾杉肌 室町時代頃作|ショーケースで展示される日本刀

これほど由緒ある月山刀を、実は天童温泉街の一角で間近に鑑賞できます。
山形県天童市の温泉街近くには、浮世絵師・歌川広重の作品で知られる広重美術館があり、館内では浮世絵作品に加えて、その制作工程や技法についても紹介されています。

広重美術館のステンドグラスのホールを抜けて、広重作品に出てくるキャラクターが出迎える階段を上ると、美術館の受付につきます。
広重美術館受付のすぐ横には、山形の月山の麓でうまれた「月山刀」と、幕末の浮世絵師たちによる武者絵を展示するコーナーがあり、そこで雄々しくも洗練された日本のサムライ文化を体感しながら、美しい月山刀を鑑賞できます。

初期から室町末期まで|月山刀の源流と初期作品

古刀 月山 室町時代作|室町期の月山刀と日本刀の姿
月山刀の綾杉肌|杉の木目のような鍛肌が見られる日本刀
月山刀の綾杉肌|杉の木目のような鍛肌が見られる日本刀

展示コーナーでまず目につくのが、一点の展示で一際輝いている「古刀 月山 (綾杉肌)」です。

室町時代の作品で、乗馬しながら戦うことを想定した実践向きの刀です。
馬に乗ったまま刀を抜きやすいように、刀の反り返りがきつめに造形されています。
この刀が実際に戦場で使われていたかどうかは、資料がなく定かではありません。
それでも、約800年ほど前の作品が、これほど美しい状態で残っていることに、強い感動を覚えました。

月山刀の特徴とされる「綾杉肌(あやすぎはだ)」も見ることができました。
刃と峰の境目である部分。鍛肌(きたえはだ)(刀剣の黒い部分)に刃との境目が真っすぐときれいに分かれていて、杉の目のような文様が折り重なっています。

写真では少し見えにくいですが、ぜひ現地で「綾杉肌(あやすぎはだ)」の模様をご覧ください。

江戸時代〜現代|大阪月山派と人間国宝の作品

月山刀工 歴代の作品展示|大阪月山派から人間国宝までの日本刀
月山刀工 歴代の作品展示|大阪月山派から人間国宝までの日本刀

写真には二振りのみ写っていますが、奥にもう一振り人間国宝月山貞一(二代)作の脇差が展示されています。
「古刀 月山 (綾杉肌)」の隣の展示ケースには、月山刀工歴代の作品が三振り並んでいました。

展示左側から、月山刀再興後の大阪月山派、初代・月山貞一(がっさん さだかず)の作品

「刀 餘光万世帝室技芸員 月山貞一謹作彫同作 明治丁未奉剣歳為山辺君」
(餘光万世(よこうばんせい) 帝室技芸員(ていしつぎげいいん) 月山貞一(がっさんさだかず) 謹作(きんさく) 明治丁未(めいじひのとひつじ / めいじていび)奉剣(ほうけん)歳為山辺君(としやまのべきみのため)

漢字の羅列で読むのに一瞬ためらいが出ますが、簡単に説明すると、
「この刀の輝き・技術が万世(永遠)に続くように、帝室技芸員の月山貞一が謹んで(彫物を)彫り、作刀も同時に行った刀。明治40年に山辺という方のために、献上する剣、特別に作った剣」
という意味になります。
この「餘光万世帝室技芸員 月山貞一謹作彫同作 明治丁未奉剣歳為山辺君」という29字の漢字を、刀の根本という限られた範囲に彫り込んでいるのも、刀工の技術が光る部分です。

中央ショーケースの右隣には、幕末の浮世絵師たちによる武者絵が展示されています。
浮世絵と日本刀は密接に関係があり、刀の持ち手の部分である鍔(つば)は浮世絵の画題をもとにしている物が多数あったり、浮世絵では合戦の武者たちを描くことも多く、そこには多くの名刀も自然に登場しています。

アクセス・基本情報

広重美術館はJR天童駅から徒歩10分、東北中央道山形北ICから車で15分。駐車場完備ですが、停められる台数が少ないため、近くの提携温泉駐車場も調べておくと安心です。
公共交通機関は、JR天童駅からバスを利用するのがおすすめです。

スポット名 広重美術館
電話番号 023-654-6555
開館時間 10時00分~17時00分(入館は16時30分まで)
休館日 火曜日
展示替え期間(公式HPの展覧会スケジュールを確認してください)
住所 〒984-0025 山形県天童市鎌田本町1-2-1
アクセス JR天童駅から徒歩10分
東北中央道山形北ICから車で15分
JR天童駅前から天童温泉で下車、所要時間5分
駐車場 あり(正面4台、東側9台、西側7台)
満車の場合は滝の湯大駐車場をご利用ください(徒歩3分)
入場料 大人:800円
学生:500円
小中学生:300円
・15名以上で団体割引(1名あたり100円引)
・障がい者手帳提示で本人と付き添い1名半額
公式HP・SNS 広重美術館 公式ホームページ
広重美術館 公式Instagram
広重美術館 公式Facebook
広重美術館 公式X(旧Twitter)

まとめ

月山刀は、山形県・月山の麓で育まれ、800年以上受け継がれてきた日本刀文化の結晶です。
天童温泉街にある広重美術館では、月山刀の歴史から人間国宝の作品までを一度に鑑賞できるため、日本刀初心者から刀剣ファンまで幅広く楽しめます。

温泉旅行や天童観光の立ち寄り先として、山形が誇る名刀「月山刀」の美しさとロマンに触れてみてはいかがでしょうか。

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投稿者情報

よつば訓練生

よつば訓練生

職業訓練校「よつばIoTカレッジ」で、Webライティング実習課題に取り組んだ訓練生の記事作品です。 Webコンテンツのスキルを身につけ就職につなげたい方は、よつばIoTカレッジへご相談ください。

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